097 「ストライク」
アーティストのKさんと福岡で仕事をしていた時期の話です。土曜日の夕方に大分に帰り、日曜日の夜に福岡に戻るという生活をしばらく続けていたのですが、ある日曜日の夜、福岡に戻る途中でKさんが「喉が渇いた」と言うので適当なパーキングを見つけて休憩することにしました。
ところがそのパーキングというのが3~4台の自動販売機とトイレがある外はこれと言った施設のないのにやたらと広いパーキングで、しかも販売機とトイレが20メートルほど離れていました。ジュースを買ってトイレに移動したのでジュースを飲み終えたのはトイレの前に止めた車の中でした。
空き缶を販売機の横にあるゴミ箱まで持って行くのが面倒だと思っていると、それを察したKさんが何を思ったか20メートル先のゴミ箱に向かって空き缶を投げたのです。
高齢のKさんの腕力からすると、まずゴミ箱まで届くことはないと思っていましたから、結局は拾いに行くことになるのだろうと覚悟を決めたのですが、何と缶はゴミ箱まで届いたどころかゴミ箱の上面にある小さな丸い穴の中に吸い込まれるようにスッポリと入ってしまったのです。
「ウソでしょ!入っちゃいましたね」
私が驚いているとKさんは私の空き缶を手にしてすでに投球ホームに入っています。そしてこう言います。
「もしこれが入ったら今週の夕食代、全部持ってくれるかね」
偶然のストライクで気分を良くしたKさんは確率的にはほぼ0%の分の悪い賭けに出ました。勝利を確信した私はSさんに申し訳ないと思いつつも条件を出させてもらいました。
「いいですよ。でも外したらKさんが持ってくださいよ」
…その週の夕食代は全部私が払いました。
コオロギのアトリエ