111 「ブーツ」
33歳の頃の話です。久々に気に入ったバックスキンのハーフブーツにめぐり合い即購入しました。それから1週間ほどして美術関係の集まりがあるというので早速そのブーツを履いて出かけようと思い、前日の夜に玄関に出しておきました。
次の日の朝、玄関を見ると見慣れない靴が揃えてあったのでお客でも来ているのかと思い居間を覗いてみたのですが、朝食の用意をする嫁と嫁の母(当時は一緒に住んでいました)が居るだけでお客など居ません。
もう一度玄関の靴を確認すると深い茶色の牛皮の素敵なハーフブーツが確かに一足揃えてあります。私のブーツはグレーのバックスキンですのでいったい誰のブーツだろうと不思議に思っていると、母がやってきてこう言います。
「今日は大事な会合があると聞いたから念入りに磨いておきましたよ」
意味がわかりませんでした。わかりたくもありませんでした。そのピカピカに磨き上げられたハーフブーツはまだ一度も履いたことのない、買ったばかりの、私の、グレーの、バックスキンの、ハーフブーツだと言うのです。
「うそ~~~」
かなり大きな悲鳴をあげたと思います。手にとって間近で見てもそれが元々バックスキンであったとは思えないくらい見事に磨き上げられていたのです。もしかしたら自分が買ったのはバックスキンではなかったのではなかろうかと思ったほどです。嫁さんはそれを見て大笑いしていましたが私はダブルでショックでした。
どちらかと言うとバックスキンは磨くと普通の皮になるのだという事の方がショックでした。結局その日の集まりにはそのブーツを履いていったのですが、元はバックスキンだと言うことをどんなに説明しても誰も信じてはくれませんでした。
コオロギのアトリエ