141 「ハイヒール」
人は理解できないものに遭遇すると不安になります。その不安を解消する為に経験や情報から状況を納得できる状態に持っていこうとするのですが、それでも解消できない場合は想像力を駆使することになります。
この想像力が曲者で、辻褄を合わせる為に暴走した想像力がかえってとんでもないイメージを創り出してしまうことがあります。それが「不安」を「恐怖」に変えてしまう原因なのですが、最近体験したそんな典型的な話をひとつ…。
2階のすべての部屋は奥方の仕事場として占領されていますので今は1階の仏壇のある部屋が寝室になっています。奥方は仏壇からかなり離れた位置に布団をひくのですがなぜか私は仏壇の前です。
夜中に目が覚めたのは2階から階段を下りてくる足音を聞いたからです。その足音というのが部屋の中でハイヒールでも履いているかのような「カッツン、コッツン、カツン…」というありえない足音なのです。
家には奥方と私の2人しか居ませんから我々以外の何者かが階段を下りてきているのは確かなのです。階段を降りきって廊下を歩くそのゼンマイ仕掛けのようなぎこちない足音は、その音の大きさから7歳くらいの女の子のような感じがしました。
白いブラウスに真っ赤なハイヒールを履き、少し前かがみの体勢で廊下を歩いているのです。ついにはふすまの隙間から仏壇の寝室に入って来て私の布団の周りを一周した後、枕元で立ち止まります。金縛り状態になった私の耳元で微かに少女の息遣いも聞こえます。
あまりの恐怖に耐え切れず悲鳴を上げようとしたまさにその時です。「ニャーゴ…」と聞き覚えのある声。それは何とネコのクーちゃんでした。後ろ足の肉球の側にできたオデキがいつの間にかカチカチになってしまい、歩くたびに「カツン、コツン」という音をたてていたのでした。
コオロギのアトリエ