158 「釣れるか?」
釣りに凝っていた頃に経験した不思議というよりは珍しい体験です。その日は天気の良い休日で朝から港の側のテトラポットで釣りを楽しむのですが、テトラポットから釣りをするときは出来るだけ海面に近いテトラポットの下の方で竿を出すことになります。
道路に面した結構オープンな釣り場ですので釣りに興味のある人や散歩途中の人にテトラポットの上の方から声をかけられることも良くあります。その日はいつも以上に頻繁に声をかけられる日で、途中から返事をするのが面倒くさくなるほどでした。
夕方くらいになるとほとんど後ろを振り返らずに適当に対応していたのですが、その人は異常にしつこく話しかけてくるのです。
その人「釣れるか?」
私「…ボツボツです」
その人「そうか~釣れるか?」
私「……いや、ボツボツですよ。小さな『チヌ』と『ホゴ』が何匹か…」
その人「ほ~、そうか~釣れるか、黒か~」
私「…いや、『クロ』じゃなくて『チヌ』ですよ」
その人「黒か~、お~い、黒か~」
私「だからチヌですって!」
その人「黒か~黒か~そうか~黒か~カ~チャン、カ~チャン」
大声で意味不明なことを叫び続けるので、さすがに気味悪くなって振り返るのですがそこには誰もいませんでした。
ビックリして思わず立ち上がると上の方のテトラポットから一羽のカラスが飛び立つのが見えました。まさかと思ったのですが、そのカラスが飛び立つ間際に「ツレルカ~」と鳴いたのをハッキリ聞きました。
カラスとお話したのは後にも先にもその一回きりです。
コオロギのアトリエ