172 「行進」
かれこれ25年くらいの付き合いになる湯布院のUさんにはこれまでにいろんな話を聞かせていただいたのですが、その中にひとつだけどうしても信じられない話があるのです。
私も変わった体験には縁が無い方ではないので大概の事は受け止めることは出来るのですが、その話だけはどうしても信じることが出来ないのです。それはこんな話です。
Uさんがまだ新婚の頃ある町で幸せな新婚生活を送るのですが、夕方になると近くの動物園から動物達が出てきて通りを行進したと言うのです。Uさんの家は大通りに面しており、大通りの向かいの高台には動物園があって夕方5時になると係りの人を先頭にしてシマウマ、ゾウ、キリン、クマ、フラミンゴ、その他の動物がフリーの状態で一列に並んで大通りの向こう側を行進したというのです。
夕飯の仕度をしながら台所の窓から毎日それを見ていたらしいのですが、動物達の列の後には係員はおらず、関係者は先頭の係員一人だけだったといいます。
『動物園から大通りにかけて散歩の為の柵が設けられていたのではないか』という私の問いにも絶対にそんなことはなかったと言います。映像的には『ブレーメンの音楽隊』みたいで楽しそうなのですが、いくら人に馴れた動物でもそんなことはありえないことなのです。
しかしUさんは絶対に嘘ではないと言い張ります。そして遠くを見つめながらこう言います。
「夕方の一番交通量が多い時間帯だったけど、夕陽に染まったサイの背中がとても美しかったのよ…」
そこまで言われるともう何も言えなくなるのですが、今度、湯布院に行くことがあればもう一度だけその話の詳細を聞いてみようと思っています。
コオロギのアトリエ