179 「予知」
絵を描いていると時々奇妙な現象に遭遇することがあります。普通は油絵の具かアクリル絵の具でキャンバスに描くのですが、その日の夜遅くに何故か『クレパスでただひたすら画用紙に色を塗りたい』という衝動にかられます。
そのうち全体的に赤い画面の中に人の顔のようなものが現れます。その状況を上手く説明できないのですが、描かれている画面を自分が描いているにもかかわらず他人事のように客観的に見ているのです。
結局30分程で『男の顔』が完成するのですが、顔の半分が異常に歪んでいます。自慢ではないですがデッサン力には少々自信がありますので意識しなければその様には変形するわけがないのですが、不思議なことに全く自覚がないのです。
顔の右半分が腫れあがった様なその顔に何故か見覚えがあったのですがその時はそれが誰かを思い出せませんでした。翌日、目を覚ますと部屋の中に白い靄がかかっています。それが靄ではなく自分の右目の異常だと気づいたのは洗面台の鏡に映った自分の顔を見たときです。
顔面の右側が信じられないくらいに腫れあがり、右目がほとんどつぶれた状態だったのです。ゾッとしたのはその鏡に映った顔のせいではなく、その顔が夜中に描いたあの『男の顔』そのものだったからです。
結局、原因不明のまま1週間ほどの休養で顔は元に戻りましたが、気になるのは、あの絵がそうなることを予知したものなのか、それともあの絵を描いたからそうなってしまったのか、ということです。
コオロギのアトリエ