197 「傘の人」
友達に誘われて生まれて初めてアダルティーな映画館に入ったときのことです。館内全体が固唾を呑んでスクリーンに集中している時に館内の後の方で「ボッ」という妙な音がしたので館内のほとんどの人がその音のした方を見ました。
するとなぜか一番後ろのシートに傘をさした人がいるのです。「ボッ」という音はワンタッチの傘が開いた音だったのです。映画館の中で傘をさす意味がわからずチョッと気味が悪かったのですが、しばらくするとその傘の人は傘をさしたまま最前列の真ん中のシートに移動します。
傘が気になってスクリーンに集中できませんからそのうち館内がザワザワしてきます。とうとうしびれを切らしたオヤジが声を上げます。
「前のカサ!映画が見えんぞ!」
それをきっかけに他の人たちも声を上げます。
「コラッ!傘女!」
「傘をたため!」
すると傘の人はその体制のまま傘をすぼめたものですから肩の上が三角になってしまい、前よりもかえって気になるシルエットになってしまいました。しかもその状態のまま左右に揺れ始めたものですから親父たちの怒りが爆発します。
「オイ!いい加減にしろ!」
「何なんだよぉー」
止むことのないバッシングの嵐に三角形の傘の人は三角形のまま逃げるように映画館を出て行きました。
あれは何だったのだろうとずっと不思議に思っていたのですが、何と30数年の時を経てその傘の人に会えたばかりか、その真相を傘の人本人から聞くことが出来たのです。
つづく
コオロギのアトリエ