276 「石鯛」
従弟のS君の話です。昔はよく彼と釣りに行っていたのですが、どちらかと言うと私はスポーツ的な釣りで彼は生きていく為の手段としての釣りでした。そんなS君があるとき10センチにも満たない石鯛の赤ちゃんを釣り上げ、それを活かしたまま家に持って帰り水槽で飼い始めたのです。
そんな趣味があったことに驚いたのですが、水槽には照明と酸素を完備し、海水は3日に1度わざわざ海まで汲みに行くという力の入れようです。水槽の中で元気に泳ぎまわる石鯛の赤ちゃんの縞模様が実に可愛く、まるで熱帯魚を観るようでした。
海水魚の飼育は難しいと聞いていたのですが結局S君は6ヶ月間という長期の石鯛の飼育に成功します。その頃には石鯛も30センチ近くになっていたのですが、実は飼育に終止符を打ったのはS君だったのです。その日たまたまS君の家に寄ったとき晩酌中のS君は開口一番こう言います。
「ちょうど良い所に来た。刺身食べる?」
そう言い終わるか終わらないうちに水槽の石鯛はS君の手によってアッという間にまな板の上で刺身に変身してしまったのです。結局S君は石鯛を養殖をしていただけだったのです。
コオロギのアトリエ