不思議な話(二ーマンのピク詰め)復刻版H

      ー実際に体験した不思議な出来事の記録ですー

300 「クビ」

若い頃先輩に釣りに連れて行ってもらった時の話です。日ごろから尊敬している先輩のお誘いでしたので喜んでお供させていただいたのですが、人間的にも仕事の面でも非の打ちどころがない立派な先輩なのですが、残念なことに言い間違いが多いのです。

というか単語や物の名前を間違ったまま記憶してしまっているようなのです。会話の流れでそのまま受け流せるようならそのようにするのですが、時々どうしても理解できない単語が出てくることがあり、その内容がスルー出来ない質問系だったりすると非常に困ります。それは釣りを始めて30分ほどたった時でした。


先輩「…そこの『クビ』取ってくれないか?」


私「…」


先輩「クビだよ…クビ取ってくれないか、」


私「先輩、クビってなんですか?」


先輩「えっ、君はクビを知らないのか、これだから最近の若い者は困るんだよ。そこの魚を入れる入れ物のことだよ」

勝ち誇ったようにそう言う先輩の指さす先にはテトラポットに細いロープでくくり付けられたブルーの網の入れ物が海中に沈んでいました。

                              クビ-s


 

昔は竹で編んだ魚を入れる籠のことを『びく』と言っていたのを思い出したのですが『先輩、これはクビではなくビクと言うのですよ』などとは口が裂けても言えない雰囲気なのです。

しかし今後の先輩のことを考えると他で恥をかかせるよりも今ここで間違いを訂正してあげた方が先輩の為になると思い意を決して先輩の方に向き直ります。まさに私が口を開こうとした丁度そのときです。

 

 


先輩「どうした。せっかく釣りに来ているんだ、もっと楽しそうな顔をしろよ。股間にシワなんか寄せちゃって…」

眉間(みけん)をさすりながら、この先輩にはその辺の忠告はほとんど意味がなかろうと確信したのでした。

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