不思議な話(二ーマンのピク詰め)復刻版H

      ー実際に体験した不思議な出来事の記録ですー

320 「ウシゼミ」

中学1年生の夏休みを目前にしたある週末に仲の良い友達数人で『蝉の種類』の話で盛り上がっていた時に誰が言い出すともなく蝉の中で一番大きいのは何ゼミかという話になります。

私の中での大きなセミと言えば『ミンミンゼミ』か『クマゼミ』位しか知りませんでしたから誰かが「エゾゼミだろう」と言い出した時にはビックリしました。エゾゼミなど見たことも聞いた事がなかったからです。

「いや、何といってもテイオウゼミだ」

別の友達が追い打ちをかけるようにそう言いながら「なあ、お前もそう思うだろ?」と私に話を振ってきたものですからチョットしたパニックになります。テイオウゼミと言う音の響き自体を生まれて初めて耳にしたのですから無理もありません。

その時なぜかそれを否定してしまったのは、おそらく知らない事の恥ずかしさから無意識の内に対抗意識が働いたからだと思われます。「じゃあ何ゼミが一番大きいのか」と言う質問にその場にいた全員が私の答えに注目したものですから後に引けなくなり「ウ、ウシゼミ…?」と適当なことを言ってしまったのです。

いつもの流れ的には『そんなセミはいないよ。バッカじゃねーの』と、みんなで笑っておしまいになるはずがその時は違いました。『ウシゼミ』というネーミングのリアリティーさが、あまり賢くない友達の好奇心をわしづかみにしてしまったのです。

                                  usizemi-s


 

大きさはどのくらいか、どこにいるのか、どんな鳴き方をするのか、立て続けの質問攻めに無理やり答えながらいつの間にか私の想像力に火が付きます。数学のノートの最後のページに鉛筆で描いたウシゼミの出来栄えは完璧でした。そのウシゼミの絵を覗きこみながら興奮する友達に止めを刺したのがウシゼミの鳴き声でした。

「夏の一番暑い時期になると裏山の奥の方から『モォ~ン…モォ~ン』という腹の底に響くような声が聞こえてくる。それが体長18センチにもなるウシゼミの鳴き声で、その大きさから猟師が鳥と間違えて発砲する事もある」

その時、全員が一斉に私の顔を見るのですがその表情は授業中でも見たことのないような真剣な表情だったのでチョット笑ってしまったのですが、今のように情報も多くありませんし、私を含め余り賢くない友達ばかりでしたから完全に信じてしまったようでした。そうなると最後の仕上げをしなくてはなりません。

「いいか、ウシゼミを捕まえたら必ず両手で持て、絶対に片手で持ってはだめだ。片手だとウシゼミが羽をバタつかせた時、腕ごと持って行かれて肩の筋をやられるぞ!」

そのとき全員が肩を押さえながら「オォォ~」と低い驚嘆の声をあげたのを私は聞き逃しませんでした。願わくはその中の一人くらいは今でもウシゼミの存在を信じていて欲しいものです。

コオロギのアトリエ