不思議な話(二ーマンのピク詰め)復刻版H

      ー実際に体験した不思議な出来事の記録ですー

323 「カヌー」

30代の頃、師匠と崇めるアーティストのKさんが『カヌー』を教えてくれると言うので地元の一級河川の上流に2人で出かけた時のことです。目的地に着くまでの車の中でKさんのカヌーに関するウンチクを聞きかされるのですが、その内容からKさんのカヌーの腕前はプロ級である事を知ります。

組み立て式の4メートル弱の一人乗りのカヌーは現場に着くとアルミのパイプを組み立てた骨組みに厚い布製のボディーを被せて出来上がるクローズドデッキの『カヤック』に近いものでしたが、15分くらいで完成するのかと思っていたそれは思ったよりも時間がかかり、あーでもない、こーでもないで結局1時間ほどかかったように思います。

手際の悪さに少し不安が感じられたのですが、それでもカヌーに乗り込んで川面に浮かぶKさんの凛々しい姿にその不安は帳消になります。

                 カヌー-s

「いいかね、最初に覚えなくてはならないのはカヌーがひっくり返った時の対応だ。今から僕が見本を…」

そこまで言うとKさんの乗ったカヌーがクルリと回転したものですから私はビックリして慌ててカヌーを元の体制に戻したのですが、ひっくり返る前の体制のまま水中から出てきたびしょ濡れのKさんはすかさず言います。

「何をするのかね、自分の力で起き上がらなければ意味がないのだよ。絶対に手出しは無用だよ」

そう言われたらそれに従うしかありませんから2回目にカヌーがひっくり返った時にはカヌーが激しく揺れ動こうがKさんの履いていたブルーの靴が浮いてこようが手を出さないでいたのですが、カヌーの揺れがピタリと止まりゆっくりと川の流れに乗って流され始めた時にはさすがに手を出さずにはいられませんでした。

元の態勢に戻したカヌーにKさんの姿はなく、少し離れた水中からすごい形相で飛び出てきます。その後一切口を利かずに何故か一人で川を下っていくものですから私は車で並走するしかありません。

結局10キロ程下流で合流するのですが、Kさんは満面の笑みでこう言うのです。

「どうかね、水面とほぼ同じ視線で見る風景は…まるで自分が水になったような錯覚を覚えないかね?」

私「・・・」

コオロギのアトリエ