不思議な話(二ーマンのピク詰め)復刻版H

      ー実際に体験した不思議な出来事の記録ですー

396 「ヒーロー」

若い頃にビルの壁面に絵を描くという仕事をしたことがあります。枡目で区切られたビルの壁面に枡目で分割された原画通りにスプレーガンで彩色して行くだけなのですが、建設中の7~8階建てのビルの壁面に組まれた足場の上での作業は結構スリルがありました。

足場の外側は転落防止用のグリーンの網で覆われていましたので高さに対する恐怖感は比較的軽減されていたのですが、怖かったのは他社の作業員とすれ違う時で、ウッカリぶつかったりするとビルの壁面と足場の隙間に落っこちそうになるのです。

最上階から順に作業を進め何とか転落する事もなくほとんど安全圏の下から2段目の足場で作業をしていた時のことです。突然上の方から「バン、ガン、ドン、パコッ」と言う音が聞こえてきたのです。その音が段々大きくなってきている所を見ると何かが落ちてきているということなので私は反射的に身を縮めます。

                            ヒーロー-s

「ガラガラ、ドンッ」と言う大きな音と共に私の真横に落ちてきたのは何と人間でした。ビックリする私の横で足場に腰掛けた状態でビルの壁の方を向き、背筋を伸ばしたまま両手をキレイニ太ももの上に揃えた男性のその姿勢が余りにも自然だったのでもしかしたらこの人はずっとそこにいた人なのではなかろうかと思ったほどです。

話を聞くと足場の7段で作業中、バランスを崩して足場とビルの隙間に落ちたそうです。運良く途中の足場に何度もぶつかることで落下スピードが軽減され2段目で止まったのだそうです。その人は何事もなかったように作業に戻りましたが無事だったのは奇跡でした。

その日の現場は落下した作業員の噂で持ち切りで、その後その落下男とは3~4回顔を合せましたが作業が終わる頃には完全にヒーローとなっていました。ちなみに「パコッ」という音はヘルメットがビルの壁面に当たる音です。

コオロギのアトリエ