不思議な話(二ーマンのピク詰め)復刻版H

      ー実際に体験した不思議な出来事の記録ですー

398 「依頼」

絵を描く時にはそこに何かしらの「対象」があるわけですが、それが「物」であれ「人物」であれ「風景」であれ、はたまた形を持たない「抽象的な観念」であってもそれを描く際にはいろんな角度から隅々まで注意深く観察する事になります。

更に対象に迫ろうとすれば視覚だけではなく嗅覚や触覚といった持てる感覚の全てを総動員することになるのですが、何かの拍子に五感以外の感覚まで起動してしまう事があります。それは想像とか妄想の類と一緒くたにされてしまうのであまり公にはしませんが、その感覚が機能すると対象の意識に触れる事ができます。

正確には対象が経験した「記憶」と言った方が正しいのかも知れません。対象を理解する上ではとても都合が良いので制作中はそれを活用させてもらっているのですが、たまにそれだけではすまない場合もあります。

                  依頼ーs

ある時、あるご婦人から「肖像画」の注文を受けます。肖像画はめんどうくさいので大概は断るのですが、愛するご主人の遺影だということだったので一肌脱ぐ事にしました。制作するに当たってはお預かりした写真の情報が全てですので嫌でも一日数時間はご主人の写真と向かい合うことになります。

8号位の小さな肖像画でしたが完成までの約2週間の間にご主人のいろんな事がわかりました。制作中に無性にレンコンの天ぷらが食べたくなったのはご主人が蓮根の天ぷらが大好物だったからですが、ご主人は自分で蓮根の栽培をしていたようなのです。蓮根畑の中を長靴姿のご主人が嬉しそうに歩く映像が見えました。

肖像画のコスチュームを濃いブルーのスーツにしたのはご主人がその色のスーツをとても気に入っていたからです。完成した肖像画をお渡しする時にそのことを奥さんに確認したのですがそれに間違いはありませんでした。

実はあえてそのことを確認した本当の目的は奥さんに対する感謝の気持ちをどうしても伝えてほしいとご主人に頼まれたからなのです。

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