114 「テトラポット」
随分前に『マーフィーの法則』というのが流行ったことがあります。『急いでいるときに限って信号が赤になる』とか『傘を持っていくと降らないが忘れると雨が降る』とか『カーペットの上で食パンを落とすとバターを塗った面が下になる確率が高い』とか、なぜかそうなってしまうことを法則として面白おかしく紹介したものですが、私の場合もどうやら、そうなって欲しくないことが起る確率の方が高いようです。
魚釣りを趣味にしていた頃の話です。長時間釣りをしているとどうしても生理的に排泄しなくてはならないこともある訳ですが、『小』ならその辺で何とかなりますが『大』の方はチョッとその辺でとは行きません。
釣り人は数十メートル離れた所に一人いるだけでしたがさすがにそんな勇気はありません。たまたまその日の釣り場は埋立地の大きなテトラポットが連なる場所でしたのでとりあえずテトラポットの一番下まで降りられるところを探し降りてみると地面のあるいい感じの空間を見つけました。
ひとつが3メートル程もある大きなテトラポットですからか空間的にはタタミ3畳分くらいはあります。その一番奥の影になった部分で用を足していると上のほうで若い男女の声がします。大量のテトラポット群のよりによってそのポイントに釣り人でもない人間が2人もいるのです。
まさかと思いましたがこともあろうに男性の方が「下まで降りてみようか」などとバカな事を言っているではありませんか。女性の方が拒否することを願ったのですが二つ返事で決定です。これはマズイと思いましたが途中で止めることも出来ませんし、しょうがないので息を凝らしてうずくまっていました。
楽しそうに降りてきたカップルは私には気づいていないようでした。私は祈るような気持ちで体を丸めて「気」を消していたのですが、結局男性の方が「何か臭わないか?」と言ったのとほぼ同時に「な、なにかいる~」と女性の悲鳴です。そうなると何かアクションを起さない訳にはいきませんから、私はとりあえず満面の笑みで「いやぁーどぉーも…」と言うしかありません。
後はもうマンガのワンシーンみたいな状況が繰り広げられるわけですが、悲鳴を上げながら逃げていく女性がなぜか「ネコ?ネコ?」と仕切りに男性に聞いていたのが不思議でならなかったのですが、もしかしたら「いやぁーどぉーも」を「ニャーゴ」と聞き違えたのかも知れません。
残念ながらそのカップルは一生『海で化け猫を見た』と信じて生きて行くのでしょう。
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