不思議な話(二ーマンのピク詰め)復刻版H

      ー実際に体験した不思議な出来事の記録ですー

096 「ズレ」

この間、いとこのS君がボートを手に入れたというので、その試運転を兼ねて釣りに行ったときの話です。ボートと言っても系ワゴンの屋根に積めるくらいの小さなボートなのですが、知り合いから安く譲り受けた古いボートを自力でリニューアルしたとは思えないくらいにチャンとしたボートでした。


S君は昔から何でも自分で出来ちゃう人で、古いものを再生する天才です。佐賀関の海に向かう途中、車も自分で修理したと言う話になったので、塗装も自分でしたのかと私がたずねるとS君は当然のように勿論だと言います。

窓を開けて車のボディーをチェックするとどう見ても素人が塗装したとは思えない出来栄えなのです。嘘だろうとS君に問うと、自分で塗ったと言いはります。しかもハケで塗ったというのです。

私は驚いてもう一度ボディーを確認するのですが、どう見てもハケで塗ったとは思えないのです。紺色にパールのキラキラまで入っているのです。私も塗装には少々自信がありますがガンスプレーでもムラが出る事があるのに、見た所完璧な仕上がりでほとんどプロの仕事です。私が驚いているとS君は更にこう言います。


「もちろん2度塗りだけどね」


そんな問題ではないのです。2度塗りだろうが3度塗りだろうが、ハケ塗りでこのように塗るのは絶対に不可能なのです。冗談にも程があるとS君に詰め寄るとS君は顔色ひとつ変えずにこう言うのです。


「色がイマイチだったかなぁ、先月犬小屋に塗ったのが余ってたから、もったいなくてね、でも最近の水性ペンキって結構行けるよね」

 


ずれ-s


「水性かよ!」と思わずどこかの漫才師みたいに突っ込んでしまいましたが、S君の自信に満ちた横顔を見ながら、こんな身近に天才がいたことに今まで気がつかなかったのが不思議でなりませんでした。
しかし、どう考えてもS君の塗装テクニックは衝撃的で、その時私は釣りなんかどうでもよくなるくらいの感動を覚えていました。

私はどうしても最後にもう一度だけ確認しなければ心の整理ができなかったので、S君には失礼だとは思いましたがもう一度たずねました。


「S君。本当にこの車の塗装はS君がやったんだね」


「…何言ってるの?ボートの話だよ」

「ボートかよ!!」


気がつかないだけでそういったズレは自分の人生の中で結構あるのかもしれないと
屋根の上のムラだらけの黄色いボートを見上げながら思いました。


 
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