324 「たらい」
子供の頃は面白そうな遊びを思いついても順序とか結果とかはほとんど考えずに行動に移していましたから大概は失敗するのですが、時々奇跡的に上手くいく事もありました。そんな時は飽きるまで繰り返すものですからその遊びに関してはそれなりに技術が上達していきます。
ある春のこと、家の隣の空き地に一本だけある桜の木の根元に寄って来る『スズメ』を捕まえてやろうと、タコ糸をくくり付けた小枝でつっかえ棒をした洗面器の下に米を撒き、10数メートル離れた家の縁側でタコ糸の端を持ってスズメが来るのをひたすら待つという遊びを思い付きます。
15分もすると最初は警戒しているスズメはすぐに洗面器の下の米をついばみ始めます。ところが何回やっても上手くいかないので捕獲の確率を上げるために洗面器よりも大きなものを使うようになります。当時、その類で一番大きさがあったのが『金だらい』でした。最近では見かけることはなくなりましたが直径80センチ位のブリキ製のタライです。
ところがタコ糸を引っ張るたびに「ゴワン、ゴワン…」と派手な音がするので一度失敗するとスズメは1時間位寄ってきません。それでも2日目になると一度に5~6羽の捕獲に成功するようになります。しかしタライの中のスズメを捕るためにタライに手を入れる度にタライの隙間から全部逃げられてしまうのですが、それでもそれが楽しくて何度も繰り返します。
今で言えば『キャッチアンドリリース』の感覚だったのだと思います。それも3日も続けると一度に10羽近く捕獲できるのが当たり前のようになってくるのですが、そうなるとその遊びにもそろそろ飽きて来ます。
突然「ゴワン、ゴワン」という大きな音と一緒に「タカちゃん!入ったよ!入った!」という私の遊びに協力的な隣のおばあちゃんの叫び声で目が覚めます。春の心地よい陽だまりの縁側でいつの間にか寝てしまっていたようです。見ると糸も引いていないのにつっかえ棒が外れ、タライの中で何かが暴れています。
タライは空き地の中を結構なスピードで動き回るものですから私は怖くて何も出来なかったのですが、おばあちゃんはタライの動きを止めようと必死で追いかけます。結局、空き地の端の下り坂になった草むらでそれはタライからの脱出に成功しどこかに姿を消してしまうのですが、私はその正体を確認出来ず仕舞いでした。
姿を見たであろうおばあちゃんに正体を聞いてビックリです。「あれは『龍』だった」と言うのです。今で言う『認知症』でもなかったように思いますが不思議な事に何度聞いても「80センチ位の金色の龍がスズメを襲った」と言い張るのです。
それからというもの、おばあちゃんの顔を見る度にその謎の生物のことを聞いてみるのですが時が経つにつれて話に尾ヒレが付いて行くのを私も面白がって根掘り葉掘り聞くものですからとうとう最後には龍はスズメを咥えて空に飛んで行った事になってしまいましたが、私は今でもおばあちゃんが見たものは猫でもイタチでもなく金色の龍だったと信じているのです。
コオロギのアトリエ