不思議な話(二ーマンのピク詰め)復刻版H

      ー実際に体験した不思議な出来事の記録ですー

001 「黒い人」

 これは私が3歳の時に体験した出来事です。人によって個人差はあるようですが私の場合その頃の記憶は比較的しっかり残っていて、中でもこの体験に関してはかなり細かなディテールまで覚えています。その頃の遊びと言ったら積み木くらいのもので、その日も玄関の板の間で積み木遊びに夢中でした。何故玄関かと言うと、他は畳の部屋ばかりで積み木遊びに適した場所はそこ意外になかったからです。
 
 積み木の厚みは1センチほどで、幅が5~6センチの角の取れた正方形で、黒い太い線で表にひらがな、裏に数字の書かれたものでした。裏のベランダでは春の陽ざしの中母が洗濯物を干していました。部屋の戸は全て全開だったので振り向きさえすれば六畳の部屋越しにベランダの母の姿を確認することができましたが、何故か玄関のドアは閉まったままでした。

昼下がりの穏やかな雰囲気の中でどのくらいの時間が過ぎたのか、そろそろ積み木にも飽きてきた頃どこからともなく「バタバタバタ」というヘリコプターの音が聞こえてきます。かなり低空を旋回しているらしく、私は天井越しにその音を頼りにヘリコプターの位置を探っていました。

その時「カチャ」という音が玄関の方で聞こえた気がしたので反射的にドアノブ(当時は真ちゅう製の丸いもの)を見たのですが、ドアノブはゆっくり回転しているにも拘らず、一向にドアが開く気配がないのです。何者かがドアの向こう側に居るのですが、いつまでたっても入ってこないのです。




子供心にその奇妙な感じに恐怖を覚え、母親の方に振り向く為に首を回転させようとしたその時です、突然ドアが開いて真っ黒な人が玄関に入ってきたのです。全身黒ずくめのその男は、私を睨み付けると言うよりは驚いた様な表情で私を見ていたのですが、数秒後には空間に溶け込むように消えてしまったのです。

時間にして7~8秒でしょうか、男が消えたその後には開けっ放しのドアの向うで、お向かいの花壇に咲いた黄色の小さな花が風に揺れていました。そのことを母親に話したのですが、上手く状況を伝えきれなかったせいもあるのでしょうが、信じては貰えませんでした。
 
 時は過ぎて私が高校2年の冬の事です。その日はとても寒い日で十一月の終わりか十二月の初めだったと思います。何かの試験の最中で、その日はいつもより早く帰宅し、家に帰りついたのは2時前後だったと思います。玄関のドアノブに手をかけた時、突然ヘリコプターの音が聞こえてきました。結構大きな音だったので、上空にその姿を探してみたのですがどこにも見当たらないのです。これといって視界を遮る障害物があるわけではないのですが、その音のする方向にヘリコプターの姿を見つけることはできませんでした。

不思議なこともあるものだと思いながらも寒さに耐え切れず、急いで玄関に飛び込みました。その時、見てしまったのです。玄関の板の間で積み木遊びをする幼い子供の姿を…。

正確には遊んでいたのではなく、私を見ていたのですが、瞬間的に三歳の頃、自分が見た黒い男は今の自分だということが解かりました。黒い詰襟の学生服は幼い私には黒い人に見えたのです。幼い自分が空間に取り込まれる7~8秒の間、懐かしさと言うか、すでに物事は定まっているということへの哀しさと言うか、何とも言えない切なさを感じました。

偶然にも、ベランダにはあの日と同じように、洗濯物を干している母親の姿がありました。

 

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