不思議な話(二ーマンのピク詰め)復刻版H

      ー実際に体験した不思議な出来事の記録ですー

079 「バナナ」

 20代後半の頃の体験です。お盆に釣りはよした方がよいと言う家の者の制止を振り切って夕方から近くの川に出かけました。川といってもケッコウ大きな一級河川で、海からそう遠くない綺麗に舗装された河岸でスズキを狙ったブッコミ釣りに興じていました。

ブッコミ釣りというのはウキを使わず、重い鉛で遠投して釣る釣りです。魚のアタリを竿先で直接感じるワイルド感がたまらないので、昔から釣りといえばブッコミ釣りなのです。いつもは何人かの釣り人が居るのですがさすがにお盆の真只中ということもあって釣り人は私だけでした。

夜中の9時頃までにそこ々釣果があった余裕から、アタリが止まったのを期に竿を立てたまま仰向けに寝そべっていました。そのうち川面を渡る風の心地よさについつい眠ってしまったようです。目が覚めたのは竿先に付けた鈴がけたたましく鳴ったからですが、反射的に飛び起きリールを巻きながら糸の先端に目をやると何かが光っているのです。

ちょうど糸の先端に炎のようなものがあるのです。ギョッとして糸を巻くのを止めてそれを観察するのですが、どうも灯篭のようでした。そうしているうちにもそれは流れているのでどんどん竿が引っ張られます。

糸を無理やり切ろうとしましたが大物仕掛けですのでちょっとやソットでは切れないのです。仕方がありませんからそのまま岸まで巻き上げたのですが、その灯篭は小さな船の形をしており、その中に小さな障子に囲まれた蝋燭が燈っていて、その周りにブドウと梨とバナナが2本乗っていました。



そのとき私は異常なシチュエーションに恐怖を感じていたはずなのですが、人の行動というのは不思議なもので、バナナを1本いただいてしまったのです。おそらく恐怖心を打ち消すためにとった無意識の行動だと思いますが、普通に食べてしまいました。

灯篭は竿を巧みに操作して川の流れにうまいこと戻しましたが、川下に小さくなってゆく灯篭に手を合わせる余裕などなく、何事もなかったように道具を片付け早足で車まで戻り、急いで家路についたのですが、車の中で妙なことに気づきました。

灯篭流しは沢山の数を流すのが普通だと思うのですが、流れてきたのはあの灯篭ひとつだけだったのです。


コオロギのアトリエ