不思議な話(二ーマンのピク詰め)復刻版H

      ー実際に体験した不思議な出来事の記録ですー

085 「マウスピース」

 福岡時代の話です。アーティストのKさんと私は、寮の2階の部屋を両端に別れて使っていました。他に誰もいませんでしたからどの部屋でも自由に使えたのですが、Kさんの歯ぎしりが尋常ではいということで、本人自らそれを望んだのです。実際、間にふたつの部屋を挟んでもKさんの歯ぎしりは聞こえていましたが、私は寝つきが良い方なのでそれほど気にはなりませんでしたが本人は結構気にしていたようです。

ある日の夕食の後、近くのスポーツ用品店に連れて行かれ、何を買うのかと思えばボクサーが使うマウスピースを探しているのです。マウスピースを装着することで歯ぎしりが抑えられると言うのです。ボクサー使用のものは5000円と値段が高く、結局購入したのは380円の誰が何に使うのか良くわからないオモチャのようなマウスピースでしたがそれでも思ったよりも効果があり、その日からピタリと歯ぎしりは治まったのです。

それから何日かした真夜中の2時を少し回った頃です。誰かが私の部屋のドアをノックしているのです。ノックするのはKさんしかいませんから、こんな夜中に何事かと思いながらドアを開けると、そこに口の周りを血だらけにしたKさんが立っているではありませんか。私は2度ほど、かなり大きな悲鳴をあげたと思います。



「違うのだよ、切ったのだよ。マウスピースで口の中が切れちゃったのだよ。何か薬ないかね…」

そう言いながら私に心配をかけまいとして無理やり微笑むものですから血だらけの歯が見えて、かえって怖いのです。

そうです、Kさんはマウスピースを噛み砕いたのです。おかげでKさんの口の中の傷が完全に治るまで、Kさんの歯ぎしりを聞かずにすみましたが、それにしてもいくら安価だからといって、あんなプラスティックの固まりのようなものを人は噛み砕けるものなのでしょうか。


コオロギのアトリエ