126 「S先生」
20代の頃、車を運転中に街中の大きな交差点で信号待ちをしていたときの話です。その信号は青になるまでにとても時間がかかる信号でしたので時間を持て余した私は右隣に停車していた大きなオフロード車を何気に見ていました。
どこか見覚えがある感じがしたので運転席に目をやるとそのオフロード車の運転手もこっちを見ているのです。それは高校のときのS先生でした。卒業してからも釣り場で時々一緒になっていたのでそれなりの挨拶をしてご機嫌を伺っていたのですが何かいつもと様子が違うのです。仕切りに顔の前で手を振りながら、自分はSではないと言っているのです。
私はS先生のジョークだと思いましたから笑って反応していたのですが、その内助手席の窓から顔を出すようにしてこう言います。
「君は僕の事をSだと勘違いしているようだが、僕はSじゃないよ。今までに何度もSに間違えられて困っている。そんなに似ているのか…」
その生意気な喋り方も声の感じもS先生そのものだったのですがあまりにも真剣な表情で迫ってくるので戸惑っていると、その内信号が変わりハードなジョークだったのか本当に他人の空似だったのかは結局わからず仕舞いのままになってしまいました。
後に友人がS先生に瓜二つの男性を見たというのを聞いて、やはりあれは他人だったのだと納得するのですが、それにしてもよく似た人がいたものです。車の趣味までも一緒だったりするのです。信号待ちの時、その人が最後に言った言葉を思い出しながら時間差で衝撃を受けました。
「…そんなに似ているのか。今まで面倒くさくて黙っていたけど、ちなみに釣り場で会ったのはSじゃなくて僕だからね」
コオロギのアトリエ