不思議な話(二ーマンのピク詰め)復刻版H

      ー実際に体験した不思議な出来事の記録ですー

020 「河童」

 二十代後半の夏、友人3人でドライブに行った時の話しです。目的地も決めずにとりあえず阿蘇方面に車を走らせていたのですが、昼にはまだかなり時間があると言うのにどこかで食事をしようと言うことになりました。すでにT市には入っていたのですが繁華街にはまだ距離があり、民家もまばらな山の中で食事の出来るような場所を見つけることなどおそらく不可能だと思っていたのですが、国道から少し入った所に『××食堂』の赤い文字の看板を偶然見つけ、取りあえず入ることにしました。

ところがまだ準備中のようで小さな店内には誰も居ません。私達が諦めて店を出ようとした時、裏口から大きな籠いっぱいに山菜を抱えたおばちゃんが入ってきました。

「いらっしゃい。まだ何も出来とらんのでぇ。ライスカレーやったらすぐ出来るんやけどなぁ」

私たちはカレーを三つ注文して次の予定を話し合っていると、厨房のおばちゃんも話に加わって来たのでこの辺に面白い所はないか訊ねてみました。

「裏の川にカッパはおるけどなぁ」

余りにも普通に言うので〝ヤマメ〟とか〝イワナ〟の仲間かと思ったくらいです。現に友人の一人などは「へぇー」と普通に相槌を打ってしまいました。

「カッパ…ですか?」

私が改めて聞き返すと、おばちゃんは顔色一つ変えずに淡々と話してくれました。

「裏に川があるんよ、よう見るで。去年は二、三度見たかなぁ。ちょうど今頃やったわ」

おばちゃんが私達の質問攻めに逢う破目になったのは言うまでもありません。それは八〇センチほどの身長で人の形をしており、我々がイメージするカッパのような甲羅などはなく、全体に〝ヌメッ〟として、カエルやサンショウウオのような両生類の質感を持ち、サバ(鯖)の様な色と模様をしているらしいのです。鳥のような小さな頭にカエルに似た口と大きな黒い目玉が付いていると言うのです。
中でも面白かったのが、全体的に指が長いらしいのですが、中に一本だけ特に長い指があるそうです。



おばちゃんは、二十の時に他の県からT市にお嫁に来て四〇年以上今の土地に住んでいるらしいのですが、その生き物を見る確立を面白い例えで表現してくれました。

「玉虫を見るくらいは見とると思うで…」

なぜ玉虫なのかはわかりませんが、とても説得力のある例えでした。更におばちゃんは一〇年位前にカッパの交尾も見たことがあるらしいのです。カッパは一匹ではなかったのです。もう、おばちゃんの中では、それがいる、いない、の世界ではなく、確実に生活の中の一部になっているようでした。
 
T市に行く機会がある度にその食堂を探してみるのですが、残念ながら、見つけることはできません。今では、その川がどの川だったのかも思い出せないのです。


コオロギのアトリエ