021 「ウニ」
人は初めて目にするものや意味がわからないものには不安や恐怖を感じてしまうものです。その日は仕事の関係で帰宅が夜中の十二時近くになり、すでに床についている妻を起さないように小さな電気の明かりで寝巻きに着替え、いざ寝ようとした時です。何気なく目をやった寝室の隅に置かれたテレビの上に見慣れないものを発見してしまいました。
私はそれを「ウニ」だと思いました。ところが大きさや形状はトゲの短いウニなのですが色が違うのです。中心が緑色でトゲの部分が茶色なのです。意味がわかりませんでした。
こういう状況の時に私が無闇に対象物に近づかないようにしているのは、シュールな状況の中でとりあえず思いつく限りの可能性を考えて楽しみたいからなのですが、ウニという形状がどうにも邪魔して発想が展開していかないのです。
就寝中の妻には申し訳なかったのですが部屋を明るくしてそれを間近で観察させてもらいますと、それはカボスに無数の『錆びたクギ』のようなものが刺されたものでした。どう考えてもインテリアやオブジェといった領域には当てはまらないものでした。
ますます意味がわからなくなってしまった私は妻の精神の異常を疑いましたが、不甲斐ない私に対する『呪い』の可能性も捨てきれませんでした。結局一睡も出来ないまま朝を向かえ、朝食の時に様子を伺いながら恐る恐る妻に尋ねてみました。
「ああ、あれはゴキブリ退治。ああしているとカボスのエキスが部屋に充満してゴキブリがいなくなるのよ」
こんなことならあの時、無理やりにでも妻を起して理由を尋ねておけばよかったと後悔しました。お陰でしなくてもよい反省を一晩中させられたのですから。
ちなみに、錆びたクギのようなものは「クローブ」という中国の香辛料とのことでした。
コオロギのアトリエ