不思議な話(二ーマンのピク詰め)復刻版H

      ー実際に体験した不思議な出来事の記録ですー

024 「ファミリア」

これは不思議な話ではなく、悲惨な話しです。私が運転免許を取得したのは二十六歳の時で、初めて買った中古のグリーンのファミリアを当時は宝物のように大切にしていました。運転するのが楽しくてしょうがないものですから、暇を見つけては用もないのにあちこち出かけていたのですが、その年の暮れ二十九日頃でしょうか、昼過ぎから車を引っ張り出して別府から安心院、裏道を探しながら由布院に出て日田まで足を伸ばしてから由布院に戻って来た頃には夜の十時を過ぎていました。  

帰りは志高湖の裏から挟間に抜けて少し近道をしようと考えたのが間違いの始まりでした。昼間に何度か通った事はあるのですが、いつも挟間方面からばかりで、志高湖からは初めてだったのです。案の定、途中で道に迷ってしまい山の中を1時間近く走り回った挙句、やっとの思いで見覚えのある道に出ることが出来きたのは十一時を過ぎた頃です。

ホッとしたのもつかの間、今度は車の調子が思わしくないのです。今にも止まってしまう程の事でもないのですが、たまたま道の脇に車を止められそうなスペースを見つけたのと、トイレのこともあったので車を止め、ボンネットを開けてみました。中を覗いてみても機械音痴の私に何もわかる訳はないのですが、そうする事に憧れていたのかも知れません。

その時、なぜか意味もなく車を揺すったのです。しかもバウンドをつけて揺すってしまったものですから、振動でボンネットを支えていた『つっかえ棒』が外れグリルに置いた両手の指の上にボンネットが落ちて来たのです。しかもキッチリ閉まってしまったものですから、両手の人差し指、中指、薬指の計6本の指がボンネットに挟まったまま抜けなくなったのです。



その痛さといったらありませんでした。声も出ない位の激痛でした。しばらくは痛みに耐えるだけが精一杯で、自分の置かれた状況を冷静に把握できる様になったのは十分位経ってからでした。どうしても指が抜けないのです。ボンネットを開けるには運転席まで戻らなければなりません。その時偶然にも一台の乗用車が通りかかったのですが、声を出せなかったのは寒さと痛みのせいではなく、恥ずかしかったからです。

私は昔から大声を出すのが苦手で、ましてや〝助けてくれ〟などとはとても言えないのです。通り過ぎる車を見送りながら急に死に対する恐怖が浮上してきました。三十分もすると立っていることも出来なくなり、いよいよ深刻な状況になっていることは意識が朦朧としてきた事で理解できました。

今度車が通りかかる事があれば何が何でも大声を出そうと心に決めてから偶然に軽トラックが通りかかったのは、それから更に三十分後の事でした。志高方面からの車でしたから随分遠くから私の姿は見えていたと思います。私は手を振ることが出来ないので上半身を大きく左右に振って叫び続けました。ところが車は十メートルほど手前で止まったまま近寄ってこないのです。

私は大声を上げながら更に体を前後、左右に激しく動かしました。その途端、今まで止まっていたその車が全速力でバックし始めたのです。後で解かったのですが、軽トラのおじさんは私の異様な動きにオカルト的な何かを感じたようでした。結局は戻って来てくれたおじさんの第一声を今でも忘れません。

「あんた、こげん夜中に何しよんのかえ、(あなたはこんな夜中に何をしているのですか)」
 
丁重にお礼を申し上げて、黒くなった爪をかばいつつ、手のひらだけでハンドルを操作しながら市内の大通りまで辿り着いた時、グリーンのファミリアはガス欠で動かなくなりました。


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