不思議な話(二ーマンのピク詰め)復刻版H

      ー実際に体験した不思議な出来事の記録ですー

029 「ウエットスーツ」

三十年くらい前の埋立地は最高の釣りのポイントでした。立ち入り禁止の立札を無視して長方形の埋立地の右の角を目指すのですが、歩いて二十分ですからおよそ2キロ位でしょうか、その距離のせいであまり釣り人は多くはありませんでした。その年の夏も性懲りもなく重たい釣り道具を担いで砂漠のような2キロの道のりを歩き、ポイントに着いたのが夕方の6時です。

すでに釣り人が一人居ましたが、いつもの顔見知りで、適当に会話を楽しみながらそれぞれに釣りを楽しんでいました。彼が引き上げたのが夜中の十一時位で、それから2時間ほど釣り場を独占してから帰路につきました。釣りを終えてから二十分歩くのは、釣りを始める前の二十分の倍以上に感じられるのですが歩かないわけには行きません。

中間地点に差し掛かった時に何気なく視線を向けた進行方向の左手十五メートル位の所で何かが動いたような気がしたので懐中電灯でその辺を照らしてみると、高さ五〇センチ程の草の茂みの前に灰色の塊を見つけます。一瞬それが何だかわからなかったのは余りにも小さく丸まっていたからで、私は急いで懐中電灯の光をそれから逸らしました。釣り人が用を足していると思ったのです。

ところが次の瞬間その人がその体制のまま1メートルほど前に移動したのが月明かりの中で確認できたので用を足しているのではないようでした。となると探し物か落し物しかありませんから月明かりだけでは大変だろうと思い私は懐中電灯の光を向けたまま近付いて行きました。

「こんばんは、どうかされましたか?」

私が釣り人だと思ったのはその人が釣竿を持っていたからなのですが、近付いてよく見ると手に持っていたのは釣竿ではありませんでした。直径一センチ位の長さが一・五メートル程の金属の棒の様なものでした。その人の三メートル程手前でそれ以上近付くことを止めたのは何かが違うと感じたからです。

その人はグレーのウエットスーツを着ているのですが、顔の部分までウエットスーツなのです。その顔の部分は他の部分のグレーよりも少し濃いグレーで『ここが顔ですよ』と言う感じで色分けされているのですが、その色の境は自然なグラデェーションになっていて、上手く言えませんが人工的な印象を受けないのです。

「探し物ですか?」

声をかけたのはそれが人であるのを確認したかったからですが、それは私とのコミュニケーションを拒むかのように更に体を丸めたのです。屈んだままですから実際の身長は解かりませんがおそらく私と同じくらいの身長だったと思います。バランス的に腕が長いと感じたのはその細さからかも知れません。

指の先までウエットスーツに包まれているのを確認したとき、これ以上係わってはいけないような気がして、慌てて出口の方に体の向きを変えたのですが、何とそこにも同じようなものがいたのです。それも同じように金属の棒を持っていて、その先端から出た細い金属の糸のようなもの先にはアルミニュウムのような金属でできた「U」の形をした蹄鉄のようなものがついていて、私の足元までとどいていました。



気がついたときには出口に向かって走っていたのでが、不思議なのはそんな異常な体験をしたにも拘らず、車の中でも、家に帰り
ついた時にも何の恐怖も感じてはいなかったと言うことです。それどころかその体験は2~3年、記憶から消去されていました。勿論、その後も何度もその埋立地には行っているのですが『そんなこともあったよなぁ』くらいで留まっているのです。

最近になってやっと、あれは何だったのかと真剣に考えたりするのですが、自分にとってその意識の在り方の不自然さの方が不思議でならないのです。


コオロギのアトリエ