不思議な話(二ーマンのピク詰め)復刻版H

      ー実際に体験した不思議な出来事の記録ですー

032 「蚊帳」

この話は私がまだ3歳になっていない頃の体験です。昔はほとんどの家庭が夏になると蚊帳(かや)という蚊よけのネットを張りその中で寝ていました。その日もいつものように両親の間に挟まれて寝ていたのですが、真夜中にふと目が覚めます。

なにげなく蚊帳の外に目をやると蚊帳のネット越しにブルーの(当時の蚊帳はブルーとグリーンの2種類があったと思います)室内が見えるのですが何故か蚊帳のすぐ外側に、遠くの町にいるはずのおばあちゃんが立っているのです。おばあちゃんは日頃から私を随分可愛がってくれていますから『何でこんな時間に』とは思いましたが怖いと言う感覚はありません。

白い着物姿のおばあちゃんが私に向かって『おいで、おいで』と手招きをするので私は蚊帳の外に出ます。するとおばあちゃんは何も言わずにお風呂場の方向に向かって歩き出すのです。私はその後についていくのですが、何故かおばあちゃんはお風呂場の前でスッと消えてしまうのです。



不思議だとは思いましたが怖くはありませんでした。しかしそれが1週間も続くとさすがに耐えられなくなります。七日目の夜に両親を起そうとするのですが、まったく目を覚ます気配がありません。その日は蚊帳の外に出ることを拒み、薄いタオルケットにもぐりこんだまま朝を迎えました。

朝、両親にそのことを話すと妙に納得したようにおばあちゃんが数週間前にこの世を去ったことを幼い私にもわかるように説明してくれました。『死』というものをあまりよく理解できなかったのですが、とても寂しい気持ちになったことを覚えています。

七日目の夜、蚊帳の外に出ない決意をしたときに一瞬おばあちゃんと目が合ったのですが、そのときの哀しそうな、それでいてどこまでも優しいまなざしを私は今でも覚えているのです。


コオロギのアトリエ