037 「コガネムシ」
偶然がひと所で三つ以上重なるとそれは偶然ではなくなります。夏のある日、アトリエで遅くまでキャンバスに向かっていると知り合いのTさんが差し入れを持ってやってきます。
しばらく雑談をして話題も尽きてきた頃です。アトリエの中に入ってきた一匹のコガネムシが天井の蛍光灯の周りをうるさく飛び回るのを見てなぜかTさんが「あのコガネムシを念力で落とせるか?」と言うのです。「念力」と言う響きがなつかしかったこともあって私は乗かることにしまいました。
「もちろん、いいですか見ていてくださいよ」
そう言って人差し指をコガネムシに向けながら「はっ!」とそれっぽく演出してみました。と、なぜかコガネムシが落ちたのです。Kさんはとても驚いていましたが本当に驚いたのは私の方なのです。
「す、すごいなぁ…じゃぁ、あの蛍光灯とかも破壊できるわけ?」
Kさんがそう言ってくるので、流れ上引き下がれません。
「と、当然ですよ。でもあれなくなると暗くなっちゃうし…」
「大丈夫、僕が弁償する」
しょうがないので人差し指を蛍光灯に向けたまましばらく「気」を溜める演出をした後、コガネムシのときよりも更に高い声で「はっ!」と声を出した瞬間です。「ボンッ!」と言う音とともに蛍光灯が破裂したのです。
「うおぉぉー、すごい!」Kさんは感激します。
「べ、べ、弁償してくださいよ」
6灯ある蛍光灯の内の1灯が消えて少し暗くなったアトリエの天井を眺めながら放心状態でそう言うと更にKさんは言うのです。
「もう一回だけ、もう一回だけあっちの蛍光灯もやっちゃってくれる?」
もう、そうなったらヤケクソです。
「はっ!!」
「ボンッ!!」
コオロギのアトリエ