040 「鳥居」
2~3歳の頃は母方の実家によく連れて行かれました。海の近くということもあってそれを楽しみにしていたようにも思います。浜で美しい貝殻や珍しい蟹を見つけてはひとりで興奮していました。かなり頻繁に行き来していましたから、いつのまにか漁師のおじさんとも顔見知りになっていました。
ある日、漁師のおじさんが「良いものを見せてやる」と船で沖に連れて行ってくれました。今思えばそんなに沖でもなかったように思うのですが、生まれて初めての体験にかなり興奮したのを覚えています。そのうちおじさんが「これで海の中を覗いてみろ」と、底にガラスのはめ込まれた箱を海面に浮かべるので言われるまま覗き込んでみると、深さ7~8メートルの海底に砂に埋もれた木の柱があるだけで特別変わったものはありません。
私の反応にがっかりした様子のおじさんはそれっきり海には連れて行ってはくれませんでしたが、今になって思えばあれは「鳥居」だったような気がします。それほど大きくはありませんでしたが、砂から3分の1ほど露出した鳥居の先端から推測するに元々は4~5メートルくらいの大きさの鳥居が確かに海の底に埋まっていたのです。
実は不思議なのはそこではなく、何の気なしに四百年前に別府湾に沈んだとされる伝説の島の話を元に小説でも書こうかと思い立ち執筆を始めるまでそのことを忘れてしまっていたという所なのです。
コオロギのアトリエ