不思議な話(二ーマンのピク詰め)復刻版H

      ー実際に体験した不思議な出来事の記録ですー

048 「セミ」

 不思議なことというのはシンプルであればあるほどその不思議度は増すものです。東京時代に窓拭きのバイトをしていた頃の話です。いつの間にか古株になってしまっていた私は学生のバイト達をまとめるリーダーのようなポジションになっていました。

ある夏の日、渋谷辺りの小さなビルがその日の現場だったと思いますが、その日は特に暑い日で、しかも午後からの作業が外側ということもあってバイトの連中は、かなりバテバテでした。そういう時には「笑い」でみんなの士気を高めるのが一番なのです。たまたま街路樹の植え込みにカラカラにひからびたアブラゼミの死骸を見つけたので、3時の休憩のときにバイトの1人に「この千円で5人分のジュースを買ってきてくれないか」とセミをわたしました。



私はその時点で彼の驚く姿に爆笑が起こることを期待していたのですが、セミを受け取ったバイトはそれを握り締めたまま普通に近くの商店に入っていったのです(当時はまだ自動販売機で千円札は使えませんでした)。想定外のハプニングでしたが、血相を変えて店から飛び出してくるバイトの姿を見られる方がかえって爆笑につながると思い、ワクワクしながらそのときを待っていたのですが、いくら待っても一向に出てくる気配がありません。

もしかしたらセミに驚いて店の中で気でも失っているのではなかろうかと心配し始めた頃、彼は出てきました。何と両手に沢山の缶ジュースを抱えてです。私が呆気にとられていると「これ、おつりです」と普通に小銭を私に差し出したのです。これはセミに気づいた彼が仕掛けた逆ドッキリしか考えられませんから、そこはリーダーとして威厳を保ためにも、冷静さを装わなければなりません。

「ゴメンゴメン、ハイこれ…」と千円札を彼に渡そうとしたのですが、今度は彼の方が驚いているのです。

彼「えっ、なんですか?」

私「いや、だから千円」

彼「何の千円ですか?」

私「ジュース代の千円」

彼「何を言っているんですか?さっきもらったじゃないですか。おつりも今…」

私「…」

結果的にはそこで笑いが起こったわけですが、結局そのことは未だに謎のままなのです。


コオロギのアトリエ