067 「爪切り」
東京時代、高円寺のアパートにバイトで知り合った友人とその友達が遊びに来たときの話です。友人の友達は北海道から東京に遊びに来ていて、友人のところに数日間泊まり込んで東京見物をし、帰郷する前日に私のアパートに遊びに来たのです。
夕食がまだというので3人で近くの居酒屋で適当に食事を済ませ、何だかんだでアパートに戻ったのは夜の9時を過ぎていて、結局その日は2人とも泊まっていくことになりました。
夏の暑い日でしたがクーラーなどありませんから窓は全開で、壊れかけの扇風機を頼りに3人で楽しくやっていたときです。北海道の友人が突然、四畳半の部屋の壁際にダイブして「つかまえた」と言うのです。見ると確かに両手で何かを包み込んでいます。
何を捕まえたのかと問いただすと彼は自慢げに「これ」と言いながら両手の隙間を少し開いて見せてくれました。その瞬間、中からすごい勢いでゴキブリが飛び出してきたのです。私と友人はパニックになりましたが北海道の友人はケロッとしています。どうも彼にとってはスズムシやキリギリスと同じ領域らしいのです。むしろ「あんな動きの早い昆虫は珍しい」と彼的にはカブトムシやクワガタよりもランクは上のようなのです。
北海道に持って帰りたいと言うゴキブリを素手で捕まえることの出来る友人の望みを叶えるべく、ツマミの買出しのついでにコンビニでグリーンの安っぽいビニールの虫かごを購入し、結局彼は床につくまでに2匹のゴキブリを捕獲し、大切そうに自分の枕元に虫かごを置いて就寝したのです。
「パチッ、パチッ」という音で目が覚めたのは夜中の2時過ぎでした。誰かが爪でも切っているのかと思ったのですが、そんなはずはありません。耳を澄まして音の発信源を確認すると、その音は北海道の友人の枕元から聞こえてきます。
気になって仕方ないので部屋の電気を点けて側によってよく見ると何と、北海道の友人の長髪が数本、虫かごの中に入っていて、それをゴキブリが食べていたのです。
「パチッ、パチッ」という音はゴキブリが髪の毛を噛み切る音だったのです。
コオロギのアトリエ