072 「大きなもの」
この話は事実かどうかわかりませんが、私が経験したということでは事実です。東京時代、バイトで知り合ったA君とはバイトの先輩と後輩の関係でしたが、プライベートでも仲良くしていました。そのA君が私に打ち明けてくれたのは、にわかに信じられない話だったのです。
それはA君の作り話だったのかも知れませんが、あまりにもリアリティーのある話なので紹介します。彼の話によると、彼は生まれながらに視力に障害があり、3ヶ月前までは全く視力が無かったと言うのです。ところが3ヶ月前に手術をして完全に視力を回復したと言うのです。
しかし視力を回復してもすぐに全てが見えるとは限らないらしく、21年間触覚だけを頼りにしていた為に、目で見てもそれが何かを認識できないと言うのです。触ってみるそうです。そうすると触覚と視覚がシンクロして映像として見えてくるそうなのです。
物に触って確認する前のそれはどのように見えているのかと聞くと、グレーの霧のような塊があり、(厳密にはそれは見えているのではなく霧のように感じているだけ)触ると物の形になるといいます。目の前のものを言葉で説明されれば理解は出来るけれども映像には結びつかないらしく、今はとりあえず手当たりしだいに触りまくっているらしいのです。
最近ではようやく目で見て理解できるようにはなってきたらしいのですがまだ見えないものも多いらしく、特に飛行機や船のような大きなものが見えないといいます。ああいう巨大なものは普段直接触るチャンスがありませんからなるほどとは思いましたが世の中には触れないものは山ほどあるわけで、彼がその時点でどれだけのものが見えているのかは疑問でした。
そのA君が話の終わりにこう言うのです。
「先輩、どこにいるのですか?器が大きすぎて僕には先輩が見えません」
それを言わなければ100パーセント信じていたのですが…
コオロギのアトリエ