不思議な話(二ーマンのピク詰め)復刻版H

      ー実際に体験した不思議な出来事の記録ですー

083 「ライフマスク(2)」

「笑い」のメカニズムというのはいったいどのようになっているのでしょうか。笑いには予期しないことが起こったときに笑う笑いと、予想通りのことが起きたときに笑う笑いの二通りがあると思うのですが、考えてみると結構不思議なものです。

30代の頃に人に頼まれて何度かライフマスクを作ったことがあるのですが、毎回笑っていたように思います。ある女性の場合もそうでした。当時は型を取るには顔に石膏を盛っていく方法しかありませんでしたから、厚みがついてくるとビジュアル的に特殊な感じになるのです。後半になると顔が大きくなったような錯覚を受けますのでついつい「ムーミン」を連想してしまうのです。

しかも呼吸を保つ為に脱脂綿を詰めた鼻の穴にストローを2本差し込んでいるものですからどうしても笑ってしまうので、当人に気づかれないように出来るだけ現場から遠くに離れて声を殺して笑うのです。そのとき気づいたのですが、笑うときにはチャンと声を出して笑わなければいつまでも可笑しいままだということです。

「はぁーはぁー」と口を大きく開けて何とかごまかすのですが、治まったつもりでもどこかにまだ笑いの種は残ったままなのです。それでも作業は続けなければなりませんから何事もなかったように現場に戻り、仰向け状態の当人の脇にしゃがみこみ石膏の硬化具合を確認しながら気を静めるためにタバコに火をつけました。

しかし意識は鼻から突き出たストローの模様に集中してしまい、左右で色の違うブルーとピンクの螺旋状のストライプが気になって仕方ないのです。このままではヤバイと思いながらもうっかりタバコの煙を顔の方に吐き出してしまったものですから、鼻から出た2本のストローがそのほとんどを吸い込んでしまったのです。



それを至近距離で見てしまったものですからたまりません、無理やりOFにしていた笑いのスイッチが勢い良くONになってしまいました。現場を放棄したまま転がるように建物の外に飛び出し、四つん這いになって大地を叩きながら声を出して笑ってしまいました。当人はというと、一瞬我慢をしようとしたようでしたがさすがに耐え切れず、ほとんど硬化しかかった顔の石膏を剥ぎ落とし、泣きながら咽ていました。

それが可笑しくて更に笑ってしまうのですが、当人はカンカンです。結局4回目で何とか型は取れたのですが、50年間生きてきて、後にも先にもあれほど笑ったことはありませんでした。


コオロギのアトリエ