091 「自転車」
ある時期ダイエットの為に自宅からアトリエまでの21キロメートルを自転車で通ったことがあります。友人から貰った古い型のロードバイクはアルミ製のボディーに細いタイヤと見てくれはカッコ良く走りも軽快なのですが、往復42キロはチョッと辛いものがありました。
それでも半年くらいは続いたのですが、その自転車通勤をしていたときに一度だけ不思議なことがありました。
その日は朝から雲行きが怪しく、迷った挙句に自転車でアトリエに行くのですが結局夕方から雨になりました。そのうち止むだろうとたかをくくっていたのですが7時まで待っても雨は止みません。それどころか更に激しくなっていきます。
アトリエには電話がありませんし、その頃は携帯も持ってはいませんでしたから迎えに来てもらうこともできません。泊まるわけにもいきませんから仕方なく雨の中を帰ることにしました。
ところがいざ自転車にまたがると前のタイヤがパンクしているではありませんか。体重を後にかければ何とか乗れないこともないのでとりあえずその状態でアトリエを出ましたが、結局すぐに無理だと言う事がわかり21キロの道程を自転車を押して歩くことになります。通常なら45分の道程を1時間かかっても半分も進めませんでした。
体力的には何とかなるのですが、信号待ちが辛くてたまりませんでした。夜中にいいオヤジが雨の中で雨具も付けずに自転車と一緒にたたずんでいるのです。周りの人に不審な人だと思われているに違いないのです。
それが嫌でしたので、信号待ちの時は飛びきりの笑顔で近くの人に「こんばんわ」と声をかけるようにしたのですがそれが失敗でした。
近くにいたOL風の女性が私を見るなり悲鳴をあげたのです。そこまで驚かなくても良いのではと思っている私にOLは言いました。
「…血が…血が…」
雨で気がつかなかったのですが、鼻血が出ていたのです。最低でした。おそらくズッと前から鼻血は出ていたものと思われます。踏んだり蹴ったりとは正にこのことです。結局、家にたどり着いたときには10時を過ぎていました。
不思議な話はここからなのですが、翌朝自転車を点検すると何と驚いた事に自転車の前のタイヤも後のタイヤもパンクなどしていなかったのです。
コオロギのアトリエ