不思議な話(二ーマンのピク詰め)復刻版H

      ー実際に体験した不思議な出来事の記録ですー

008 「10分の1」

  何年か前にR工房という造形の会社の仕事を手伝ったときの話です。日数が掛かる仕事でしたので通勤時間を考えると泊り込んだほうが都合がよいということで、社長の仮眠室を借りて寝泊りすることにしました。昼間は10人前後の従業員と一緒になって楽しくやっていますが、仕事が終わると社長も自宅に帰ってしまうので夜は1人きりなのです。

民家からかなり離れた山の中のだだっ広い工房に1人でいるのは余り気持ちの良いものではありません。その反動で昼間は皆とバカ話で盛り上がってしまうのですが、ある日の昼食の時間にたまたま食糧危機の話になり、結局人間を小さくしてしまえば良いのではないかなどと結構面白い話になっていました。

午後からは現場の仕事があるということで従業員のほとんどは社長と共に現場に出かけてしまい工房に残ったのは私とKさんの2人だけでした。年齢的に近いということもあって話も弾んだのですが、気がつくと例の小さな人間の話になっていました。

「縮小するとしたらどの位が良いのですかね。10分の1位ですかね、それとも100分の1ですかね」

Kさんの質問に私は本気で悩んでいました。17・5センチの自分と1・75センチの自分をイメージしていたのです。その時、工房の電話が鳴りKさんが出たのですが、どうも要領を得ないのです。私が電話を代わると受話器の向うから子供の声が聞こえてきました。とても小さな声なので何を言っているのか良く聞き取れません。よく耳を凝らしてみるとその子はこんなことを言っていたのです。

「10分の1?…それとも100分の1?…10分の1でいいの?…100分の1がいいの?」

私は慌てて電話を切りました。おそらくは誰かのいたずらなのでしょうが、電話を切った後、私はKさんにほとんど本気でお願いしてしまいました。

「僕が明日目を覚ました時、もし小さくなっていたらどうしましょう。10分の1ならまだ良いですよ、見つけて貰える可能性がありますから。でも100分の1の時は1・75センチですよ、ベッドからも降りることも出来ませんよ。Kさん、その時は僕を見つけてくださいね」

「解かりました。食堂の冷蔵庫の横に『剣菱』の一升瓶があるでしょ、あの横に居て下さい。僕が必ず見つけますから」




とりあえずは笑ったのですが、その夜、私は食堂にある剣菱までのルートを確保し、ベッドではなく布団で寝たのでした。


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